実録修羅場まとめ


自分が修羅場だと思うのは中学生の時。 
夕方、塾の帰り道で金髪のケバい母親らしき女と大人しそうな女の子が、信号近くにも関わらず信号がない所で道を渡ろうとしてて 
それを危ないと思いながら見ていたらそれなりにスピードがあるトラックが黄色信号でやってきた。

そんな時に女の子だけが道を渡ろうとするから、思わず危ないって叫びながら近付いた。 
【治療費よこせとたかられた】の続きを読む

車の免許取ったばっかの頃に自宅の駐車場からバックで出ようとしたら 
お向かいの違法駐車してた車にぶつけてしまいトランク部分が今現在もボッコリとヘコんだまま。 
今もバック駐車が出来ないのでヘコんだ部分は車庫に入れても丸見え状態で車止めてた。 
で、昨日の朝いきなり警察がうちにたずねてきて警察の後ろには包帯を右腕全体に巻いた女児とその母親がいました。 
【慰謝料と治療費請求してきた】の続きを読む

父ヘルニアで入院→退院するも食事も食材も無い。すまんが弁当と買い物をしてくれとヘルプが来た。 
母は父と不仲で私にも散々グチを言う。 
だが、矛盾が凄まじいので尋ねるとブチギレ「この役立たずの疫病神がぁ!!」と喚く。 
こんな状態なのでなるべく実家には近寄らなかったが、傷みで歩けんというので買い物へ。 
【お前ら悪魔】の続きを読む

小学生のころ、同学年の児童(顔と名字は分かるが話したことはほぼない)の親に 
車で隣の県まで連れて行かれて放置された。 

たまたま親切なおばちゃんが声かけてくれて交番→警察署→パトカーで自宅へ帰れたけど、
下手すれば死んでたと思う。多分今までの人生最大の修羅場。 【そのまま放置された】の続きを読む

東京に住んでた頃、激務でほとんど家に帰れない日が3ヶ月ぐらい続いてた。 
時々帰ってこれても、終電で帰ってきて始発で出るとかだし、休日も半休がほとんど。 
死ぬかもと思っていたら、その半休すらとれなくなるほど忙しくなり、 
さらにマンションのドアがボコボコにされる嫌がらせまで受けだした。 
日に日にドアの傷は増えて行くんだけれど、疲れすぎて不動産屋に電話とか 
考えられず、「自分は世界中から嫌われている」とか鬱になって終わらせてた。 
【ドアがボコボコ】の続きを読む

私は20代半ば女で1人暮らしをしている 
部屋はマンションの3階 
最近寝るときは、下着+ヒートテック上下 
(そうすれば出勤するときに着る服を着るだけでよい、というずぼらで怠惰な理由) 
いつもはカーテンを閉めて寝ているんだが、昨夜はカーテンを開けておけば朝日で起きられるかな、とカーテンを開けたままベランダに続く窓の前に布団を敷いて寝た 
【怠惰な格好で寝てたら】の続きを読む

友人?夫婦になぜか粘着された修羅場。 

20代前半の頃、私とA男は付き合っていた。 
その後別れ、A男は私の元同級生でもあるB子と結婚。 
ほぼ同時期に私は今の夫と結婚した。 

ちなみに私とB子とではあらゆるスペックでB子の方が上。 
顔、スタイル、学歴、年収、家事の腕、マメさ、何ひとつかなうところがないのでそもそも張りあう気すらない。 
あのB子と結婚するなんてA男スゲー、と驚いたほど。 
【粘着された】の続きを読む

数年前、旦那が仕事のトラブルから取引先の社長宅に3日間軟禁された。 

旦那の仕事は、別に胡散臭いとかそういうものではなく、ごく普通の会社で 
売っているのも非常に普通で、ある業種の人たちには欠かせない製品。 
取引先によってはオプションをつけたりということもしている。 

軟禁された日は、納品した商品が気に入らないと、取引先から 
営業を担当していた旦那が呼び出されたらしい。 
事情説明のためにすっとんでいった旦那に、その会社の社長は 
設計からやり直せ!と言われて、ノートPCでひたすら設計からやらされることに。 
【3日間軟禁された】の続きを読む

私は26歳の独身男、遠方に住む姉夫婦が昨年待望の第1子を授かったが、暇が出来れば何時でも顔を見に(顔を見せに)おいでと言われていた。 
最近まで私自身が忙しかったのと、姉夫婦も大変だろうと出産後にすぐお祝いの電話と品だけを送って済ませていたのだが、4月5日に有休がとれることになったので、その旨を姉夫婦に伝え一泊二日で遊びに行くことにした。 
ここまでが前提。 
【子どもを連れて行けついで】の続きを読む

わたしは20台前半で一回り年上の旦那と出会いました。(既に離婚済みで元旦那ですが、旦那と表現します) 

出会って半年ほどで交際をはじめ、さらに半年後で結婚を前提にしてもらえないかと簡単なプロポーズをうけ、4歳の息子がいる事を打ち明けられました。 
「妻とは死別で、息子はほとんど覚えていない。実は生まれは田舎だが、思い出すのが辛く、両親をつれて上京し、今では息子を見てもらいながら四人で生活している。」 
と言われました。そこから息子にも会うようになり、そのさらに半年後、つまり付き合って一年で同居の形で結婚しました。 
私には両親がなく、兄弟もないので、誰にも反対はされませんでした。 
【亡くなった前妻の連れ子】の続きを読む

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