前提として、父の実母は父が生まれて数ヵ月後死亡しています。 
父の父が再婚して、今の祖母(以下姑とする)がやらかし続けて、やっと縁が切れたという話です。 


父は末期がんにより死にました。死ぬ一か月前まで仕事を続け、貧乏だったため病院代を心配し入院を拒否。 
強制的に救急車でかかりつけの病院へ運んでもらったが、入院した翌日に逝ってしまった。 
私と母はひとしきり泣いたが泣いてばかりもいられない、とにかくあらゆる方面へ父の死を連絡した。 
連絡したくはなかったが一応姑へも一報を入れた。 
反応は予測していたが「あらそう、だからといって私への支払いを減らしたりしないでしょうね?」だった。 
病院にいたため、その場では怒りをおさえて「その話は後日」とした。 
するとその夜、姑は父の兄弟を従えて我が家へ突撃してきた。 
「お父さんが死んだからって、金がないとか言わないでよ。私へは今まで通り30万払ってもらうから。その確認をしにきたのよ」 


姑へ金を払っていたのは、祖父が経営、父が役職者の会社が借金まみれで倒産して、持ち家を捨てて夜逃げをさせたという父の負い目からだった。 
といっても父に全責任があるわけではなく、会社の経営方針は祖父、父、姑の3人で決めていたらしい。 
それがいつのまにか責任は全て父のせいとされていた。 
いくら役職者だったからといってそれはおかしい、と母が弁護士を挟んで話し合いしようとしたものの、 
弁護士がうっかり姑に「そうですね、父から家賃くらいは払ってもいいでしょうね」と言ってしまって、そこからどんどん値上げが始まり、最後には30万の支払いとなっていた。 
私は「払わなくていい、30万なんてやくざにだって払わないんじゃないの」と両親を説得、両親も何度もそんなに払えないと言いに言っても、姑は聞かなかった。 
ちなみに弁護士は弁護士ではなく、後日やり直しの話し合いをしようと連絡を取ろうとしたが、事務所も全部空になっていた。 
弁護士へ支払った金額は大したものではないが、余計なひと言を言わないでいてくれればまだ良かったのに。

よく、姑は私を正座させ、夜明けまで怒鳴り続けた。怒鳴られるのが嫌で姑宅へ行かないでいれば家へ突撃してきたし友達との遊びの場にも来たりした。 
「お前の父が悪い、悪いったら悪いんだ。私が産んだわけでもないのに育ててきてやったのに。恩を金で返せ。誰が悪いのか言ってごらん、言わなきゃこのまま怒鳴り続けるよ」という内容だった。 
小学生に成長していた私はとにかく恐ろしくてたまらなかったがこんなの絶対におかしいと感じていた。 
ただ、怖かったので反撃らしい反撃もできず、怒鳴られている間睨むことしかできなかった。 
そうすると、姑は今度は弱い母をターゲットに、母を呼びつけひたすら私の悪口を怒鳴り続けた。反抗的で生意気な孫だ、育てが悪いんだ、って。 
母も結婚したときから姑に何かとあっては怒鳴り続けられていたため、いまさら反抗もできなかったのだろう。目の前で怒鳴りつけられる母を見せつけられるのは耐え難かった。 
父は姑にたいして何度も何度も謝罪を続けて、怒鳴るなら自分にしてくれとしていたが姑の反応は「謝るのが当たり前」だった。 
祖父は会社の倒産後間もなく死んだ、姑はそれさえも父のせいにしてよりいっそう激しく責め立ててきた。 
私は良い子になれば怒鳴られないと、姑の前では猫を被り続けた。姑の言うこと全てに同意した。そのあとで両親に「思ってもないことだからね」と弁解した。嫌な子供だった。

それでも父が姑へ金を払い続けたのは育ててもらったという恩があったから。 
母が父から離れなかったのは今離れたら父は独りになってしまうと思ったから。 
まあ私は姑は大嫌いだし、姑を持ち上げる父の兄弟(姑の実子)も大嫌いだったし、 
縁とか恩とかしらないが金銭的に無理をし続けているのに感謝されるわけでもなくなぜ怒鳴られなければならないんだ?としか考えられなかった。 
そもそも父が悪いという前提が意味不明だったし。 
けれど両親は大好きだったので、少しでも楽をさせようと高校生へ成長してからはアルバイトをしまくって家にお金を入れていた。 
変な知恵がついた私は姑に怒鳴られるたびボイスレコーダーに録音したり、証拠がたまったら恫喝・脅迫として警察に訴えようとしていた。 
相変わらず姑に怒鳴られるのは怖かったけど、証拠集めとしてからは楽しくなっていた。 
金さえ払っていればいいんだ、という感覚があった。

けれど姑に父の死を悼まれるでもなく、金の催促をされて、一気に目が覚めた感じがした。 
深夜12時をまわってからの家の突撃にも、姑が金の催促をするとわかって連れてきた父の兄弟にも、姑に今まで怒鳴られ続けたことにも、 
全部父の責任にしてきたことにも、とにかく怒りが腹の底からわきあがってきて、立っているのが困難なくらい膝が震えた。 
母は過度のストレスに寝込んでしまっていて玄関口での対応は私がしていたが、 
姑は「お母さん寝込んでる?ウソでしょう見せてごらんよ」とずかずか入ろうとしてきたところで、ぶちぎれてしまった。 
といっても似たような単語を叫ぶくらいしかできなかったけど。 
「入ってくるな!触るな!よるなくるな二度と顔を見せるな!お前ら全員敵だ!!」 
↑こんなセリフしか言えなかった。 
ただ、人生でこんなに大声を出すことはないだろうってくらいに叫び続けた。 
普段良い子ちゃんの私しか知らないやつらはうろたえたが、すぐに気を取り直して「やだわキチ●イなの?」だのなんだのと私に負けない大声で怒鳴る。 
ああ、私の怒り方が下手だからやつらに好き勝手言わせるんだ!とやつらへの怒り+自分への情けなさにより、もう頭の中が真っ赤になってしまった私。 
そこになおも何か怒鳴ろうとするやつらを遮るさらなる大声で後ろから「帰れー!」と母の声が… 
振り返ると、寝ていたはずの母が涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら見たことない般若の顔で塩を袋ごとぶちまけていた。 
ちなみにこの間父の兄弟は沈黙。本当に、そばに突っ立って下向いてるだけ。 
姑を連れてきたくせに我関せずな態度の兄弟にも腹が立って、「今すぐ姑を連れ帰れ、さもなくば警察へ連絡する」と言いい、 
あらかじめ置いてあった子機を手に取ると、本気を感じ取ったのか泡食って姑を車に連れ戻していた。 
父の兄弟は全員公務員、もっというと生徒を持つ身。警察沙汰になることは避けたいのだろう。 
とにかくやつらは帰った。この怒鳴りあいが修羅場だった。

後でわかったことだが、姑へ渡していた金は彼らにもいっていたらしい。 
自分の母がおかしいことくらいうすうすわかっていたんだろうが(後日兄弟のみで直接謝りに来たとき、自分の母親のくせにキ●ガイだから大目に見てやってくれとか言ってた)、 
毎月5万から10万入るのはおいしかったんだろうな。 
彼らへも怒りはあるが、妻子を持つ身であるし、職を奪いたいわけでないし、と警察へ連絡はしないでいた。 
ただ、いつか警察へ連絡してやるというのはモチベーションに繋がったし、証拠集めと思えばこそ怒鳴られるのにも耐えられた。 

けれどその修羅場をきっかけにもう無理だーとなって、私の就職先(高卒です)も決まったことだし、母の勤め先もパートであるから比較的簡単に変えられるし、引っ越しを決行。 
誰にも何も言わず引っ越してから20年がたちましたが、なんでもっと早く引っ越さなかったのか、というぐらい快適です。 
毎日の電話攻撃も、自宅突撃も、なんにもない。 
あれから電話の音と、大きな声が少し苦手になってしまいましたが。 

子供を持つ身となってからは、もうちょっと私(子供)を守ることはできなかったのか?と両親に対して甘えた考えが出ないこともないのですが。 
姑は社長夫人()のプライドがあったのでしょうか、異常な怒りを常に持っていました。 
今どうしているかは知りません。あの修羅場から会っていませんので。