修羅場ポイントがいまいちどこかわからないけど、
乗り越えてひと段落ついたので吐き出させてください。


私が8歳の頃から不倫相手の家に入り浸りでほとんど帰って来なかった父。


趣味はパチンコ、競馬、競輪、競艇、給料は全て使いこみ、
たまに帰ってくると、共働きだった母にも金をせびっていた。

14の冬に、同居祖父(父の父)の家庭内セクハラに耐えかねた母が
私と弟(8歳)を連れて夜逃げ→別居、
奴はこれ幸いと堂々と不倫相手と別の町で同居開始。

祖父はすでに父を見限っていたため、私達の賃貸アパートに通って
戻ってくるように何度も訴えてきたが、父がいない家には戻れないと母が拒絶。

それから10年間、父は養育費を払いたくないがために離婚に応じず、別居状態が続いた。

自分の戸籍謄本を取るたびに自分の下の欄に増えていく、見知らぬ子供の名前。

【認知】○×
【認知】×△

一銭も金を出さないまま音信不通となった父に構わず、
母は昼夜問わず働き続け、私達姉弟を大学まで行かせてくれた。

私24、弟18で扶養から外れた途端に父は離婚に応じた。

その後はまったく連絡がなく7年を過ごした。

で、私31の冬、私達が出て行った家に一人残された祖父が死去。

別居後も祖父が好きで毎月顔を出していた私は、元内孫として一人、通夜に参列した。

葬儀は近親者のみの家族葬。

喪主である父自身が実家を捨てて出て行って、
実の父の交友関係など知るはずがないのだから当然だった。

通夜会場の前で数年ぶりに父と対面した。

年をとってみすぼらしくなった父。

その隣に、見知らぬ女がいた。

直感した。

元不倫相手、現妻の女だと。

瞬時に子供の頃の記憶が甦った。

実家に電話をかけてきて、電話に出た小学生の私に

「お父さんの子供を妊娠したので堕ろすお金をくださいって言っておいて」

と言い放ったことや、実家に何度も押し掛けてきて、
お願いだから妻子ある人と関係するのはやめてくださいと頼む母に

「絶対にあきらめないから」

とヒステリックに叫んでいた光景が。

私は父と女の横を通りすぎた。


完全に女の存在を無視した。

女は私と仲の良いいとこ達にも、通夜に来た近隣住人にも無視され、
逆に近隣住人が口にするのはその場にいない私の母の話ばかり。

(初めて知ったが、母は献身的な嫁だと近所で評判だったようだった)

そして翌日の葬儀、参列した人間はわずかだった。

棺を運ぶ親族男性の数さえ足りなかった。

私は可哀相な祖父に涙が止まらなかった。

女は葬儀には来なかった。


葬儀が終わり、祖父の骨壷と遺影は実家に帰ってきた。

父が捨てて出て行った家、私達が子供時代を過ごした家。

父はまったく寄りつかなかったため、家のどこに何があるかまったくわからない。

葬儀屋さんに指示して祭壇を作るのは私が行った。

祭壇を作っている間中、父とその姉は遺産の話をしながら祖父の遺品をゴミ袋に投げ込んでいた。

そして3日後。

父から突然の電話があった。

「おまえが葬式に来たせいで、俺は離婚するって言われている。どうしてくれるんだ」

何のことかわからず聞き返す私に、父は罵声を浴びせた。

「全部おまえのせいだ。おまえの母さんとは離婚して縁を切ったんだからお前とももう親子じゃない。
これ以上俺に関わるな。これ以上俺に関わるならおまえの人生をめちゃくちゃにしてやる。
おまえの家に行っておまえが旦那と別れるようにかき回してやるからな!」
(私は結婚が決まっていて婚約者がいた)

そして、突然わけがわからないから落ち着いて話してと言う私に、
本家の人間とぐるになって俺を陥れようとしているとか、母の両親(祖父母)はキ○ガイだとか、
おまえも本性を現して俺を不幸にしようとしているなどと喚き続けた。

最後には親子の縁を切るからな、俺とおまえはもう赤の他人だと言って電話を切ったので、
私ももう法事にもお参りにもお役御免になった。
(仏壇のご飯と掃除、墓参りは私の役目だった)

これでもう金の無心の電話もかかってこなくなるし、
今の嫁がヒステリックで家庭に居場所がない等と言う訳のわからない愚痴を
聞かされることも無くなるかと思うとほっとしました。

最後の最後で実の父に、ありとあらゆる暴言を吐かれたのはショックでしたが、
気が弱い私はこうでもしないとずるずる父に甘えられていたと思います。