当時の俺は32才で、元嫁は30才だった。 
高校の後輩だった元嫁とは俺22才、元嫁20才付き合いだして4年で結婚した。 
俺は高校を卒業してすぐに働きだし、社会人も5年目に入ろうという時で 
元嫁は短大を卒業してすぐだった。 


最初の内は二人の時間が欲しいという事で、2年は子供を作らずイチャイチャしてた。 
結婚3年目に子供が産まれ幸福な時間を過ごしてた。 
が、子供が3才半の時に脳に障害発覚。 
他の子に比べ言葉が遅いなと思っていたら、脳が発育していないと医者に言われた。原因は不明。 
通常は頭蓋骨と脳の間には隙間がないんだが、家の子は大脳と小脳のそれぞれ片方づつに隙間があったらしい。 
こちらの言っている事を少しは理解できるが、余り上手くコミュニケーションがとれなかった。 

それでも愛情たっぷりに育てた子供は大きくなり、何とか小学生になった。 

もうすぐクリスマスっていう時期。 
俺の仕事が休みだったので、元嫁と一緒に子供を学校に迎えに行った。 
学校といっても、通学に少し馴れさせようと思い、校門ではなく少し離れた交差点までの送り迎えだった。 
校門から出て来る子供。元嫁だけではなく、俺まで居る事が余程嬉しかったのか大喜びで走ってくる。 
左側から来る車。止まれと叫ぶ俺の声。元嫁の悲鳴。渇いたブレーキ音とぶつかる音。全てがドラマのようにスローモーションだった。 
子供が轢かれた時、不謹慎にもスローモーションがあるなら走馬灯もあるのかな?とか考えてた事を覚えてる。 
変わったばかりとはいえ、歩行者用信号は青だった。それは信号待ちしてた人もちゃんと証言してくれた。


子供の葬儀が終わり、無事に初七日が過ぎた頃から元嫁の態度が変わってきた。 
毎日ふさぎ込み、生きていくのに必要な事以外は一切しなくなった。 
会話も無くなり、見た目にも窶れていくのがわかった。 

そして、子供の四十九日が終わった。 
その夜、元嫁が家を出る気配に気が付いていれば、今とは違った生活を送れてたんじゃないかと悔やむ。 
疲れからかその夜、俺はぐっすりと寝てしまった。元嫁が深夜に出ていく気配にさえ気が付かない程。 
翌朝6時頃、隣に元嫁がいない事に気が付いて、辺りをさがすが見付からず 
警察に届けようか迷っている時に、警察より出頭命令の電話があった。 
嫌な予感がしながらも、元嫁の捜索願を出そうと思い行くと、遺体確認をお願いされた。元嫁だった。 
午前4時40分頃、新聞配達員により、木にぶら下がっているところを発見されたらしい。 
遺書には、俺宛てに 
『子供が障害をもって産まれたのは私のせいです。ごめんなさい。』 
『子供が死んでしまったのは私のせいです。ごめんなさい。』 
と、震える文字で書かれていた。

俺は狂った。 
警官を怒鳴り、殴り掛かり、あろう事か元嫁の遺体を引きずり落とし、目を開けろと殴ったらしい。 

子供だけではなく、元嫁の死が重なり、狂った俺には元嫁の葬儀の手配は出来ず、結局は俺の父母にさせてしまった。 

よく覚えてないのだが、それでも葬儀(自殺なので身内のみ)には出たらしい。励ましてくれる親戚達を睨み、罵声を浴びせていたらしいが。 

それからは会社を辞め、実家に戻され、5年程引きこもりの生活をした。 
引きこもり中もいろいろとあったが、家族や友人等に暖かくされ、やっと人の心を取り戻せた。 

明日、元嫁の命日だ。墓参りに行ってくる。そして、明後日からはまた仕事を再開する事を話してくる。