トメは子離れできず過干渉、しかも、息子を世話したいというならまだ理解できるのだけど 
ワタクシを大事にして!嫁より優先して!だってワタクシは母親ナノヨ!という人。 
私や私実家を貶める発言も多く、うんざりした夫は親と距離を置いて私を守ってくれていた。 
ところが、ウトが逝ったあと、トメが病気を理由に同居を要請してきた。


弱って老い先短い可哀そうなワタクシの面倒を全部見てね、家事や介護は嫁がきちんとすること!と。 
夫は、本当に病気ならば必要な援助はするけど、そのような理不尽な要求には応じられないと、きっぱり同居を断った。 
悲劇のヒロインになりきったトメは、夫の弟に泣きつき、義弟は 
「兄貴は病気の母さんになんて仕打ちをするんだ、母さんは俺が面倒を見る」と大見えを切って、勝手に同居を決めてしまった。 
慌てふためいた義弟嫁に泣きつかれ、夫と私が義弟を説得しようとしたら 
ここでトメが「恩知らずの長男ちゃんなんか、もう縁を切るわ。私が死んだら、遺産は全部次男ちゃんに遺すわ」発言。 
これを聞いた義弟嫁が突然掌返して同居をOKした。

夫実家の資産は、動産は大したことないけど、
先祖代々受け継がれている広い土地と、古いとはいえ立派な造りの家がある。 
なぜか義弟夫婦は、私たちが遺産惜しさに同居を止めさせたがっているのだと邪推し 
義弟嫁にいたっては、自分から泣きついて来たくせに、私を悪者にして責め立ててきた。 

バカバカしくなった私たちは手を引き、夫は「遺産などビタ一文要らん。 
全部お前たちに任せた。その代わり、何があってもこちらに迷惑掛けるな」と言い渡した。
義弟は妙なテンションで「俺が本家、兄さんたちは勘当」宣言し、3DKのマンションで引き取り同居開始。 
その後3年間は、ウトの法事にすら呼ばれない、行っても拒絶されるほどの絶縁ぶりだった。 

ところが去年、義弟嫁が私に泣きついてきた。
今更何を言うかと着拒してもよかったんだけど、つい気になって聞いてしまった。 
いわく、義弟は親孝行な息子をしたがるが、実際の世話は義弟嫁に丸投げ。 
思春期に突然好きでもない祖母との同居を強いられたせいか、息子の反抗期が酷い。 
トメが病気で老い先短いと言うから我慢していたけど、都会の病院でよく調べたら全然大したことない病気だった… 

おまけにトメまで、自分のしたことは忘れきって、夫に愚痴電話をかけてきた。 
「ここでは全然大事にしてもらえない、孫ちゃんは私のことを臭い、汚いと言うの、 
この間はお友達に、『うちの婆に早く死んでほしい』って、真顔で言ってたのよぅ~」だと。 
甥の精神状態が心配だけど、そのセリフにスカッとした気持ちも、少しだけある。
我ながら性格悪いと思うけど。


こんな状態で、義弟が考え付いた解決策が、今は空き家になっている実家をリフォームして人に貸し、 
ついでに広い庭の半分を潰して駐車場にして、収入を得る事。 
それで息子の進学資金を確保し、小遣いもあげれば、全部お祖母ちゃんのお陰だと感謝して、
仲良くなるに違いない!というのが、義弟の「名案」だったらしい 
そして相変わらず暴走ぎみの義弟は、またしても相談もなく実行開始…したところで判明した衝撃の事実。 
土地も家も、所有者はウト兄だった。 

ウト父が亡くなった時、ウトが貯金を、ウト兄が不動産を継いだが、 
遠方に転居する兄に代わって家と庭の手入れをすることを条件に、
格安の地代・家賃でウトメが住むことになったというような話だった。 
書類関係もきちんと揃っており、嘘でも間違いでもなかった。 

このことは、息子たちにはきちんと伝えるという約束になっていたが、 
ウトはそんな話まったくしておらず、むしろ自分のものとして土地屋敷を自慢していた。 
トメは事情を知ってるはずだったのに、脳内で話が都合よく書き換えられていた。 

義弟は夫に、「兄貴は全部知っていたんだろう、汚いぞ」と喰ってかかったけど 
「知るわけないだろう。だいたい、登記がどうなっているか、固定資産税の支払はどうなのか、ちゃんと確認しろと言っても 大丈夫~大丈夫~という母さんの言葉を鵜呑みにしたあげく、 
浅ましい事を言うなと俺を責めたのはお前と嫁だろうが」と言われ、真っ赤になって黙った。 
かなりスカっとした。