もうだいぶ前の話。
当時大学生でアルバイトをしていた私は、同じバイト仲間のAちゃんから
「式に出て欲しい」と言われた。

Aちゃんと私は同い年だったが、Aちゃんは短大卒業後フリーターで、私は4回生。
恋の話で無駄に盛り上がる年頃、その手の話はバイト仲間で散々繰り広げられていたが
Aちゃんは何も話さずにこにこ聞いてるだけだったので、彼氏がいないとみんなに思われてた。
驚きつつも祝福し、羨ましがる私に、Aちゃんは「みんなにはまだ内緒ね」と言った。

式に誘われたのは、Aちゃんと同い年の私、3つ上の社員の男性、あと18~22歳の女の子3人。
妙な組み合わせ(Aちゃんとそれほど親しくない子も入ってるとか、なぜ社員が?とか)の謎は
式の1週間前に解けた。全員がAちゃんに集められ、恐るべき事実を聞かされたから。

Aちゃんは、略奪結婚だった。そのとき既に妊娠4ヵ月(あまり目立たなかったので私たちはわからなかった)。
Aちゃんが不倫していたことはAちゃんのご家族にある日ばれ、別れろ別れないで揉めていたが、
妊娠が発覚してAちゃんは略奪愛に成功、同時に家族以下親族から縁を切られたらしい。
私たちが呼ばれたのは、式のサクラのためだった。

新郎の両親が経緯を知り、息子に出した再婚の条件が「彼女の両親が認めるなら」だったため、
このような事態になってしまったらしい。
最後までAちゃんの家族が折れなかったため、それでも結婚したかったAちゃんと新郎は、
サクラを立てて新郎家族を欺こうとしたのだった。

いざ当日。略奪結婚、新婦妊娠中、新郎再婚という状況から、式は親兄弟とごく親しい友人のみの式。
私たちはそれぞれの役割どおりの席についた。
まず、Aちゃんを不憫に思った遠縁のおばさん夫婦が両親役、当時25歳の社員が兄役、
18歳の女子高生バイトが妹役(家族構成は実際のAちゃん宅に忠実に再現されたらしい)。
私と、あと2人の女の子のバイト仲間は、Aちゃんの友人役だった。
Aちゃんは短大の友達グループに不倫がばれ、村八分にされてしまっていたとあとで聞いた。
つまり、Aちゃんは本来の家族・友人の誰にも出席してもらえなかったということ。

30分程度の式の間、私はずっと気まずかった。たぶんみんなそうだったと思う。
どうしてAちゃんは不倫なんか、妊娠してるの知らなくてバイトでも重労働頼んだりしちゃった、
こんな式でAちゃんは満足なんだろうかとか、未熟な学生なりに罪悪感があった。
後日、Aちゃんはお礼とともにバイトを辞めた。Aちゃんの結婚は、最後までサクラ以外知らされなかった。

あれからずいぶん年月が経ってたくさんの式に出席したけど、
あとにも先にも私が出た結婚式で、あれ以上寒いものはない。


Aちゃんのその後はバイト仲間(式に出た社員も含め)誰も知らないのです。
でも、たぶん、すぐばれたと思う。普通に考えてばれない方がおかしい。

私たちが寒い思いをしながらも、「これも一つの正しい道かも…?」と考え式に出席したのは、
ひとえに私たちが若かったことと、1週間前のAちゃんの告白が悲愴だったからでした。
Aちゃんいわく
「赤ちゃんが生まれる前に入籍してしまいたい。生まれたときに未婚の母状態だったら
可哀想だし、母親としてそれはダメだろうと思ってる。あと、まだおろせないこともない。
親はそれを望んでいるので、既成事実(入籍)さえしてしまえば諦めるかもしれない」
とのことでした。「とにかくあと数ヵ月しか時間がない」と言われてしまえば、
私は断れなかった。たぶん、ほかの4人も同じだったと思う。

式のあと、新郎両親がAちゃんの遠縁のおばさん夫婦を両親だと思い込み、
挨拶と侘びをしていた(それまで、電話で話したことはあっても、Aちゃんの本当の両親から
会うことを拒まれていたため、式が初対面。来てくれてありがとうという御礼と、
息子の非礼を詫びていた)。
おばさん夫婦は複雑な顔で、言葉少なく応対してた。式のあと食事に誘われていたけど
断ったみたい。

たぶん、Aちゃんも新郎も、入籍さえして外堀を埋めてしまえば、
あとは何とかなると思っていたんだと思う。
それは甘い考えで結局ダメになったのかもしれないし、ひょっとすると2人の情熱と
生まれた赤ちゃんの存在で、今頃はすべて許されて幸せに過ごしてるのかもしれない。
きっと後者なんだろう、と思い(自分に言い聞かせ)ながら10年が過ぎてます。

余談ですが、兄役はちょっと似てなかったけど、両親役は遠縁のせいか不自然ではなく、
妹役はAちゃんに雰囲気が似てました(だからそれほど親しくなくても頼まれたんだと思う)。
異性はあまり似てなくてもそんなに不審じゃなかったんじゃないかな…。
あの2人はとにかく「入籍」が最終目標で、そこに至るために「新郎の両親に了解を得るため
Aちゃんの両親を式に出席させる、それがダメだったからサクラを立てる」という感じでした。

当時、Aちゃんは21歳、新郎は37歳でした。新郎はそれなりに会社生活が長く、
駆け落ち(=転職)は考えられなかったようです。子どもも生まれるし。
とにかく、入籍、出産さえ経てしまえば、あとは何がばれようと
両家の親もどうしようもないだろう、という印象を受けた。
なにぶん昔のことだし私も子どもだったしで、あちこちうろ覚えなんだけど、
あのときのAちゃんは子どもをおろさせられることを恐れてました。

そもそも披露宴がなかったので、いわゆるご祝儀はなかった。
私たちが出席したのも、30分程度の式だけ。
ちょっとお洒落な私服でいいと言われ、また私たちもそれを鵜呑みにしてしまい、
もともと持ってるよそ行きワンピース程度で行ったので出費もなし。
教会も近場だったので、交通費も往復1000円ほどでした。
Aちゃんからは後日、バイト先で「ありがとう」とプレゼントをもらった。中身は忘れた…

Aちゃんは式のあとたった二週間でバイトを辞めました。その後は音信不通。
(だって家にかけてもご両親は「行き先を知らない」って言うし、新郎とは面識ないし)
今から思うに、Aちゃんはかなり用意周到だったかも。37歳新郎の知恵(?)だろうか。

今から思うに、とても不思議な体験でした(不思議以上に寒かったが)。
現在の私(32歳)なら、諭すか、出席しないか、すべてを受け入れその後も相談に乗るか、
なんらかすると思う。若さゆえ、愛を優先したAちゃんがかっこよく見えていたのかも。